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日志


接戦に想う。

所謂、“やっとかめ”の真夜中練習をしてきた@以前に解説しているので、意味の分からない人は名古屋人に聞くべし!
想うにタッちゃんが少しでもいいから、お腹の贅肉を削減したいという気持ちは理解できるのだが、やっぱり無茶苦茶なのである。
もう少しでいいから、お腹の贅肉と相談してプレーが出来るようになると良いと思う。
しかし運動習慣のない彼に、それを望んでも仕方のないコトだ。
 
例えば、広い中国の都市の公園でプレーする人にも様々なレベルの人たちがいて、彼らは娯楽として楽しんでいる。
その中にはゲームとしてちゃんとした試合形式でプレーをする人たちの集まりがある。
もしも、タッちゃんがその中に入ったら・・・と考えると、これは間違いなく通用しない。
公園のバドミントンを侮ってはいけませんよ。
 
その底辺の強さを垣間見たときに、日本の娯楽的体育館遊戯の行く末を案じるのも当然のコトではないだろうか?
少なくともタッちゃんのように、張り詰めたお腹の人はいなかったと、私は断言しようかな・・・?

凝り性。

・・・と言っても、肩こりの話ですが、
この冬は、「首筋を冷やしてはいけない!」・・・という整体の偉い先生の助言を忠実に守ってきた。
おかげで随分と楽になった@肩こり。
偉い先生のやり方は、朝起きる前に枕元に用意しておいたタオルを首に巻く・・・というものである。
しかし面倒くさがりの私はパジャマの代わりにポロシャツを着るコトで継続してきた。
襟を立てて開かないようにボタンを留めると具合が良い。
これは冬だけでなくて、冷房の効いた室内でも有効かと思うので肩こりに悩める人は留意されると良いだろう。

意気揚々。

写真館の整理をした。
日付の表示とかに難はあるものの、とりあえず今日はここまでにする。
ちょっと扱いにくいので、そろそろ無料路線も卒業した方がいいのかも知れない@ブログ。
 
しかし、自動販売機と同様に、置いたからといって、すぐには結果が顕れないモノなので、面倒くさがりの私は決断を焦らない。
そんなコトを考えながら、過去の写真を削除したりするのは明確な私の意志である。
編纂した写真のタイトルに、私はその想いを強くするのだった・・・。
 
編集後に思い出したのだが、昨日の十円玉がまだ財布の中に残っている。
うぅぅ、、、(泣;
 
仕方がないからコレも、お守りに格上げしようか?(笑)

十円玉。

それは正確に言うと、十円青銅貨幣である。
その硬貨を自動販売機に何度入れても、認識されずに返却口に戻ってくるのでムカついた。
「待てよ? もしかしたら?」・・・と思い調査してみたが、何の変哲もない昭和44年の十円硬貨だった。
それで造幣局のHPや、自販機業界のHPまで理由を求めて放浪(?)してみたのだが結局、その答えは得られなかった。
もしも変形があれば納得もするのだが最近の十円玉と、どう見比べても変形はない。
一体、どうなっているんだろう?
 
・・・そんな経験はありませんか?
 
私は知りたいと思う一心で、雑学を学びました。
ギザジュウ(ギザギザのある十円玉)>昭和33年以前の十円硬貨@驚くような価値のある代物が存在するが、殆どが自己満足の趣味らしい。
それから自販機のコイン挿入口が縦型のモノと横型のモノの違い。>「なるほど!」・・・と頷くが、どうでもいいような気もした。
なにしろ私が知りたかったのは、「明らかに変形のない十円硬貨が、何故に自販機に認識されなかったのか?」・・・この一点である。
もしかして偽造硬貨かとも思ったが、その当時にしても、現在にしてもメリットなんて、ある筈がない。>「だってさー、十円玉だよ?」
 
結論を言おう。
明日、コンビニで買い物をして、この昭和44年の十円玉を使うのだ!
それしかあるまい・・・
 
ちなみに貨幣を装飾として細工するコトは日本の法律で禁じられています。
それで躊躇しているのですが、2HKD硬貨をペンダントに加工するのも犯罪になるのでしょうか?
今は、お守り代わりとして財布の中で眠ってますが、とても私のお気に入りなんです・・・(笑;

年度末。

振り返ればH18年度は細切れの休日ではなくて、まとまった日数の休暇を選択してきた。
傍から見れば、羨望の眼差し(?)なのかも知れないが、なにしろ面倒くさがりなので、所定の休暇日数を消化するコトに専念したのだ。
それはこれからも、きっと変わらないコトで、今後も公式大会とか練習会に費やす為の休暇を取るつもりはない。
すっかり、私の都合がよければ参戦する・・・というスタンスになってしまった。
・・・なので、そろそろ日本の温泉宿に行くべきだと痛感するこの頃である。>なんのこっちゃ?
しかも幸いなコトに、消化すべき休暇が残っているので、すでに計画してあったりする・・・ hehe~~~

早春。

今日は、きっと良い天気になるだろうと信じてドライヴに出かけた。
アクアラインを突っ走り、三浦半島に向かう。
なにしろ行き当たりばったりの無手勝流なので、ちょっと道にも迷いかけるがナビのおかげで助かる。
そして三浦半島の城ヶ島に着いた。
クルマを駐車場にとめて、島を半周ほど歩いてみる。
ウミウ展望台から馬の背洞門に向かう道の土の匂いは、春の訪れを告げていた。
 
とても人懐っこくて、尚且つ栄養を摂りすぎた猫たちとも出会う。
きっとお前たちも幸せな暮らしをしているんだろうね。
やはり海の幸は漁港の近くで食べるのが美味しいと、私も思うよ。
 
そんな感じで、早春を楽しんできたワケなのさ~~~@写真参照(少しだけね;笑)

春節。

朝から雨なので・・・というワケでもないのだが(笑;)辰巳練習に行く。
なにしろ不摂生な生活をしているので運動の習慣だけはなくしてはいけないという想いで起床したのだ。
これが将来的にどのような形で顕れるのか知らないが、体が動く限り続けたいと思う。
 
ところで今日は春節である。
なにやら新年のグリーティングカードが届いていたりして、とても嬉しいものだ。
早速、返信しておいたけど、なにしろ日本のサイトにはそのようなカードがなかったので、中国のサイトを利用した。
うまく届いたのかどうか・・・?
私は知らないよ~~~ 

最終章。

昨年の所内大会は、まだ記憶に新しいかと思いますが、すでに来年度の計画が策定されつつあります。
それで、「行事の都合で7月にやってもいいですか?」・・・と打診があった。
私は、「問題ないです。」・・・と答えておきました@所内バド大会。
 
では最終章の始まりです。
 
北京六日目。
観光も最終日になった@天壇公園と雍和宮に行く。
天壇公園はゆっくりと過ぎゆく時間を楽しみたい場所である。
そこは有料ではあるが、利用する北京人はパスを持っていて、それは早い話が定期券のようなもので何ヶ月か毎に買うのだそうだ。
まぁ、写真を見て雰囲気を味わってください。>あれ? 説明文は書かなかったかも?・・・(汗;
人がうじゃうじゃいて、胡弓とか弾いていたりする写真の場所です。
 
雍和宮は現役のお坊さんが管理していて、堂内の写真撮影は厳禁になっている。
熱心に参拝する若い女性がとても美人だったので、目の保養になった。
あぅぅ、これは私の邪心でした。・・・
 
それから夕刻になって紅劇場に行く@功夫伝奇>写真参照。
ちなみに上演中は撮影できませんので、もしも日本人団体客で行かれるのであれば、留意されたし。
私は、「写真撮影はやめてください!」・・・と言われました@英語。
 
そんな感じの六日目なのでした。
北京がどういう街なのか?・・・なんて答えは私には分かりません。
その街角で甘栗を売っていた娘が、いつまでも幸せを感じている街であって欲しいと願うだけです。
 
翌日。帰国する朝。
朝食を終えて、食堂のお姉さんに別れを告げた@名残惜しい。
空港に着いてから、ガイドのFさんとも別れの握手をする@これも名残惜しい。
もっと見たかった街@がんばれ北京人~~~

北京回想5

五日目。
北京に行ったら行かなくてはならないと思う場所があったが、私はそれを自分の時間でゆっくりと過ごしたかった。
それで自由行動日を旅行会社に頼んでおいたのだ。(うーむ、昨夜の女子大生の擦り寄りで危うく忘れるところだった@笑;)
 
朝、天安門に行く。
「ホテルから近いですよ。」・・・と言われて、道も教えてもらったので歩いて行くコトにした。
たぶん寄り道をしなければ、20分ほどで到着する距離だったと思う。その広さに圧倒されつつ、写真を撮りまくる。
それで故宮博物院にも入ろうと思っていたら、背後から声がした。
 
それまでにも私になにやら声をかけてくる人は多かったので、全て無視してきたのだが、彼の意思が明確だったので話を聞いてしまった。
そう、彼は日本語で私に話しかけてきたのだった。
彼 「故宮のガイドしましょうか?」
私 「ん? あなた日本語がお上手ですね。」
それが中日友好事務所のOさんとの最初の会話だった。
この時期は観光客が少なくて月に15日も仕事があれば良い方なのらしい。
それでいくらかと聞いたら、100元だと言う。ちょっと考えて一緒に入るコトに決めた@入場料40元/人。
結論から言うと、この選択は正しかった。
なにしろ故宮はとても広い。
開放区域は全体の1/2くらいかと思うが、それでも広すぎるのだった。
一人で入っていたら、間違いなく迷子になるところだった・・・。
 
微妙な下ネタを多用するOさんの案内は、とても面白くて歴史や建造物の細かいところまで解説してくれた。
居合わせた外国人が興味津々と、一緒になって中を覗き込むほどの説明だった@英語上手く話せなくてごめんね~~~
それで3時間ほどかかって、故宮を出る。普通のツアーでここまで解説してくれるのかどうか私は知らない。
残念なコトに太和殿は改修中で見られなかったが・・・。
尚もガイドを続けたがるOさんであったが、丁重にお断りした。
何故なら私には、もうひとつ歩きたい道があったからだ。
 
そして前門に向かう。大通りから小道に入ると、賑やかな観光客向けの店舗が立ち並ぶ。
恐れずに突き進むと、寂れた小道になった。
廃墟のような家並みにも圧倒される。
その中から、目を瞠るような美人が出てきた時には、もっと圧倒されたけど・・・。(笑;
 
北京の下町は、そこが首都だというコトを忘れさせてくれるものだった・・・。
 
以下次号。

列車考。

もともと列車に乗るという行為が大好きで、車窓から眺める風景にその土地の暮らしを思い浮かべる。
それは何気なくする私の楽しみであって、興味のない人にはおススメはしないけどね・・・。
 
さて隣駅である天津北駅は東京-熱海を越える距離にあって、1時間ちょっとかかる。>137km
私は鉄道マニアではないので、東京-熱海の間に何駅あるのか数えたコトはないが、大陸の鉄道にその違いを痛感する。
車窓から見える景色も興味深いものだった。
利用したのは北京発8時35分の特快T531だったので、他の列車にも当てはまるのかどうかは知らないが、データを残しておこう。
 
硬座@30元。二階席の指定座席に座る。車内は満員で立っている夫婦連れの客もいた。
もうひとつランクが上の軟座もあると聞いていたが、たぶん乗ったのが従来の軟座の車両だと思う。
対面4人の座席の真ん中に窓枠からテーブルが固定されている。
その上にアルミのお盆が載っていて、これに使用後のお茶の葉とか食べかすとかのゴミを入れる。
車内販売もあって、通路を挟んだ反対側の対面6人の座席ではカップラーメンを食べていたりする。
お湯もサービスで巡回していて、これはコップを持参しないと戴けない。
私の座席の前に座った兄ちゃんは、やおら鞄から紙コップを出してお湯をもらっていた。
なにか作って飲むのかと思ったら、そのまま飲んでいた。
早い話が水なのだ。
中国で生水を飲むのは自爆行為である。煮沸してから飲むか、市販のミネラルウォーターを飲むのが正しい。
それは車内サービスであるから、当然のコトながら煮沸した水であるというコトだ。
それから先に述べた廃棄物用のアルミのお盆も車内のお姉さんが回収に来て、雑巾できれいにしてくれたりする。
至れり尽くせりである。
 
天津北駅に着いてからは写真を参照してちょ!@どこに載せたか忘れてしまったけど・・・。
雲南料理の牛シャブはキノコを15分間煮てダシをとったキノコをまず食べる。
それで満腹になってしまうくらいの量なので人数と注文する量のバランスは大切だと思う。
しかし肉と味噌ダレとの相性は抜群に良くて、とても美味しいので機会があれば是非とも賞味されると良いだろう。
 
天津市街を楽しんで、北京に戻ろうとしたが列車がない。>2時間待ち
駅前には盛んに声をかけてくる北京行きタクシーの運ちゃんがいたが、ちょっと怪しいので、乗り合いバスを選択する。
たぶんバスの定員は50名だと思うが、座席の通路間に折りたたみの椅子を並べて60名くらい乗車する。
乗客は全員中国人だったが、幸いなコトに私の両隣は女子大生とOLだったので苦境に耐えるコトが出来た。
超混雑の車内で見知らぬ女子大生は妙に私の体に擦り寄ってくるので焦ったが、単に前方のTVを見たかっただけのようだ。
あぅぅ・・・(涙;
 
さすがに鉄道とは違って時間は2倍以上かかる@約2時間半。
それで北京駅前まで連れて行ってくれると思っていたら、ちょっと違う。
バスのお姉さんに、「終点だよ!」・・・と言われて、降り立った場所は何処なんだろう?
降り際にバスのお姉さんは、「駅はあっちだよ!」・・・と教えてくれたのだと思うが、必要はなかった。
 
「なるようにしかならんよ。」・・・と、深呼吸して周囲を見渡すと、今はまだ高層建築の少ない北京の街である。
夜の闇に浮かぶ緑色の屋根と時計を見つけて、私は自分の位置を把握した。
それが宿泊するホテルの真向かいにあるデパートだと分かれば、もう怖いものなし!・・・の月丘なのでした。(笑;
 
以下次号。

北京回想4

四日目。
朝、北京駅に向かう。目的地は天津だ。隣駅といっても1時間ほどかかる距離にある。
切符売り場は入口の横にあるのだが、2階でも買えると聞いていたので、そうするコトにした。
入口でX線検査機に手荷物を通して、駅構内に入り、エスカレーターで2階に上がる。
フロアーを見渡すと、プラットホームへの降り口が並んでいて、それらは全て施錠されていた。
どうやら列車の発車時刻直前にならないと開放されない仕組みになっている。
もちろん、フロアーには北京的ファーストフードの店があったり、本屋さんがあったり、天津行き列車の切符売り場もあったりする。
その切符売り場も発車時間の1時間くらい前になるまでは無人なのらしい。
それで待つコトにした。
・・・こう書くと、さも私一人での行動のようだが、そんな度胸が私にないコトは皆さんのご承知のとおりだ。 
 
同行者は私の娘(?)とその叔母さんのBさんである。
発車時刻が近づくにつれて人の数が猛烈に増加した切符売り場の前に並ぶコトをBさんに任せて、私は観察に専念したのだった・・・。
列車を待つ間にも私の好奇心は衰えずに、本屋さんに入る。
それはフロアーの対面にも同じような本屋さんがあって、不思議に思っての行動だった。
最新のファッション雑誌や小説から、中国全土地図や道徳書の類、それと海外についての書籍まで多種多彩。
そんな本屋さんが何故に同じ駅の構内の対面に2軒もあるのか?
夢中になって物色していると後ろから声がした。
「ちょっと、あんた。 早く出て頂戴よ!」・・・と言われたのだと思うが、定かではない。
たぶん、混雑時には2軒とも営業する本屋さんではあるが、通常は1軒しか開店していないと思われる。
「ごめん。」・・・と言って退散した。
ホントはどうなのか?・・・今では知る由もないコトを付け加えておこう。 
 
そして列車に乗った。
 
以下次号。

北京回想3

どうやら幾之進さんは2ヶ月も先の練習会に向けて精進しているらしい。
そんなメールが携帯に届いたのだが、逆説的に言うと、2ヶ月も前のコトなんて忘れているかも知れないぞ???
・・・と思いつつ、参戦を待つ!>幾之進さん
あ、それと昨日言い忘れたのですが、どちらかと言えば青蛇役の女性の方が可愛いと思いました@京劇。 
 
三日目。
高速道路経由で1時間半、八達嶺万里の長城に行く。
写真で何度も見たコトのある景色が目の前に広がっていた@感無量。
それから明十三陵の定陵と神道を巡る。
この時期ならと思っていたのだが、どこに行っても、それなりに観光客がいた。
今までに行った他の中国の都市との違いは、明らかに欧米人の観光客が多いというコトだ。
それと韓国人はダントツで多い@行く先々で韓国語を耳にした。>とても安いツアーがあるらしい。
 
さて6歳の娘は、すっかり私に懐いてしまったようで、私のコトを「お兄さん」と呼ぶようになった@日本語。
傍から見れば、親子にしか見えないと思うのだが、まぁ、いいじゃないか!
でも彼女の話す漢語にすら、私はついていけなかったけど・・・
とても良い体験が出来たと感謝している。
それで目尻の下がってしまった私に、ガイドのFさんを筆頭にして皆から、「あなた、幸せね~~~」・・・と何度も言われる。
たぶん、そうなんだろうと思う反面に私は感じていた。
 
この人たちの国であって、その国の国民でありながら、幸せを感じていない人たちも多いというコトを・・・。
 
以下次号。

北京回想2

二日目。
SUMMER PALACE(頤和園)に行く@世界文化遺産。>日本語で表記できなかった・・・
それから昼食後に円明園へ行く。
団体ツアーではないので、お気楽極楽気分のつもりであったが、実はそうでもなかったコトをここに留めておく。
 
朝、待ち合わせの時間になっても、待ち人来たらず!(汗;
仕方なくガイドのFさんと相談して北京駅まで歩いて迎えに行くことにした。
しかし、これは私にとっては好都合だった@道順を覚える。
 
北京駅に辿り着いて、「うーん。 捜せないかも知れない。」・・・と思った@人がうじゃうじゃ混雑状態。
あきらめて戻ろうとしたら、Fさんの携帯に連絡が入った@残してきた運転手さん。
どうやら待ち人たちはホテルに着いたとのコトだったのでテクテクと歩いて戻る。
考えてみれば、初めての北京の駅前通りを歩いているワケだし、それなりに感慨も深かった。
 
ホテルに戻って、初対面の挨拶を交わす。
「あ?」
従兄弟と聞いていたので男の子とばかり思っていた私の想定は覆された。
6歳になる女児とのコミュニケーションなんて考えてなかったのだ。(汗;
さてさて、仲良く出来るんだろうか?
それで少し時間も遅れたので、日程を変更して明日の予定を今日にして出発したのだった。
 
最初の記念撮影で戸惑っている6歳の娘に私は、こう呼びかけました。
「来来来~~」
そしたら、なんとなく懐いてくれて、ちょっと幸せな気分になった。
・・・そんな感じでした。
 
その日の観光が終わって、私は単独で夜の部(京劇鑑賞)に行く。
日本の歌舞伎との違い・・云々の話は幾度もしてきましたが、隣席の日本人の兄さんは途中で眠ってしまったらしい。
とても情けなく思った。・・・と言っても、ガイドリーダーがなかったら、私も意味はわかりませんけど・・・
 
以下次号。

北京回想編の始まり。

・・・の前に、練習会予定をアップしておきました。
まだ2ヶ月も先の話で恐縮ですが、それまではゲリラ練習会で対応したいと思います。
皆さま、よろしくお願いしまする!
 
初日。
成田空港で搭乗手続きをする@CA926便。
なんだか人が多くて手続きに1時間くらいかかる。
外国の航空会社を利用するのはUAに次いで2度目になります。
なにしろ「格安」の言葉に弱い月丘なんです・・・
 
離陸してから不覚にも・・・というか、当然のように眠りに落ちました@3勤明け。
ふと目覚めると、たぶん1時間くらい爆睡していたようだ。
美人のお姉さん(CA)が飲み物を聞いてきたので、ビールを頼む。
寝起きで、どうしてそんな会話が出来たのかは知らないけど、知っている単語を言っただけです@漢語。
それで目が覚めたので、入国に必要な書類をもらって書式を確認する。
1枚だけ準備していたものと違う書式だったので、書き直しておく。
なにしろ面倒は嫌いな月丘なのです・・・(笑;
 
北京空港に着いて、飛行機のタラップを降りてバスに乗る。
入国審査を終えて荷物を待つ@なかなか出てこない。
その間にガイドのFさんに電話しておく。
30分ほど待って、荷物が出てきたので急いで出口に向かう。
それで出たのはいいのだが、Fさんが何処にいるのか分からないので、歩きながらまた電話する。
そしたら彼女は目の前にいたのだった・・・
 
挨拶を済ませて、クルマで移動する。
交通量は多い@事故も多いらしい。
市内で北京の家庭料理を食べてから、ホテルに行ってチェックインする。
デポジットは一日500元らしいのでクレジットカードでの支払いをお願いした。
それで部屋に入って、さらに爆睡した・・・
 
翌日からの旅行記は・・・以下次号!

へへへ拳。

それは鍛え抜かれた哲ちゃん(?)が繰り出す拳法・・・じゃなかった、逆リバースショットである@恐るべし!
思うに実戦でも繰り出して欲しいのだが、いつのまにか「ヘロヘロ拳」に変わってしまうのが惜しい。
しかし彼の気合は十分で、付き合っていたら皆が、ヘトヘトになる@笑いすぎ~~~
それにしても、3時間もするか?>練習。
もぉ、今宵はすでに体が筋肉痛でございます。
突然の練習会でしたが、8名の参戦者の皆さま、お疲れさまでした!
F石油の2名様も楽しんでいただけたようで良かったです。
ゲリラ練習、またやりますよ~~~ 

明日、練習します。

やりたい人は16時から練習しますので集まってくださいまし!
 
ところで、功夫伝奇について少し書いておこう。
このステージは文字通りカンフーの修行が題材になっているのだが、演じられている雑技やカンフーはホンモノである。
彼らの人間離れした動きはなんなんだ?・・・と思った次第です。
 
印象的だったのは「蠍拳」で、床に両手と片膝をついた状態で反対側の足をサソリの尻尾のように反らせるものだ。
「なんだ、それ? 動けるワケないじゃん!」・・・と思っていたら大間違いで、その動きがとても速いのだった。
きっと鍛え上げられた強靭な肉体の成せる技なんだろう。
 
それで私は考えた。
明日の練習会では「サソリスマッシュ」で哲ちゃんを打ち砕く!
これしかあるまい・・・(笑;

全然。

纏まらないままに、写真だけをアップしています。
それで、あと1回の更新を予定しています@写真。
半分以上は公開できない写真なのですが、とにかく面白かった@北京&天津。
来年はオリンピックが開催されますね。
是非とも行きたいと思っています。
いゃ、きっと行きます!・・・

写真先行。

北京の街角で天津甘栗を買いました。>可愛い娘やなぁ・・・の写真参照@多すぎて忘れてしまうか?
それで日本人の感覚的として、「え?いいのか?」・・・と思うようなコトもしてきました。
それは250gの甘栗を包んでもらう間に、台上の甘栗を勝手に取って食べてしまう(試食?)という行為です。
ふと足下を見ると栗の殻が散乱していて、北京の人はみんなしているコトなんだろうと思う。
それで私も遠慮なく食べたのでした。
 
「美味しい!」
 
天津甘栗って、こんなに美味しかったっけ???
そんな感じです。
 
残念ながら、それを食べるコトが出来るのは日本在住の中国人です。
今日、届けに行ってきました。
そんなワケで、なにかと忙しくて、まだまだ写真の整理中です。
写真だけでもいいんじゃないかと開き直り(?)つつありますが、思い出したコトを綴っていこうと考えています。
 
あ、そうだ。
日本人向けにも買ってきましたよ。>天津甘栗@北京空港。
街角で買った甘栗よりも味は落ちると思うけど・・・
 
以下次号~~~
 
p.s
御礼申し上げます。
Thank you~~~
Message from friend in China
Please have a good new year !

序章。

なぜ下町の写真から始まったのか?
理由の分からない人も多いと思いますが、それが北京だからです。
歴史ある文化として、この町並みの外見は保存されるのだそうです。
もちろん、今よりも、もっと綺麗になるのでしょうけど、保存されるべき町なのです。
・・・と、ガイドさんは言っていたが、うーん、どうなんだろ?
もしも私ならば、建て替えますよ。
それで聞いてみたら、変えてはいけないモノは建物の外観だけなのらしい。
 
古い建造物を保存するという考え方は納得できるのだが、外国人の私には変えていいモノとの区別がつかなかった。
いつまでも瓦礫の残る町並みではないと思うけど、あとどれだけの時間が必要なのだろう?
そんな感じです。
 
以下次号@観光編(写真が多すぎて困ってます・・・汗;)

膨大。

ども、皆さま。 ご無沙汰しておりました@月丘です。
今回の旅行記はどのようなスタイルで著そうかと思案中ですが、たぶん、うまく纏まりません。
例によって、徐々に増殖していきますので長い目でみてやってくださいまし!
なにしろ写真が多すぎるんです・・・(汗;
 
なにはさておき、無事に帰国しましたので、まずはご報告まで!
 
以下次号。